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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)3779号 判決

原告 山下清一

右訴訟代理人弁護士 吉武伸剛

被告 有限会社 広文館書店

右訴訟代理人弁護士 橋本基一

同 高木荘八郎

同 朝倉正幸

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金八〇万円およびこれに対する昭和四一年五月七日から完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり陳述した。

(一)  原告は、訴外株式会社広文館の振出した左記約束手形一通の所持人である。

金額 八〇万円

満期 昭和四一年一月二一日

支払地および振出地 東京都千代田区

支払場所 東京相互銀行神田支店

振出日 昭和四〇年一一月一二日

振出人 株式会社広文館 取締役社長丸岡信夫

受取人 山下清一

(二)  被告は昭和四一年一月二九日に設立された会社であるがその設立と同時に前記訴外会社の営業を譲受けたものである。すなわち、右訴外会社は被告の肩書地で書籍販売業を行なっていたが、昭和四一年一月二九日頃、開かれた株主総会において、株主である丸岡信夫、丸岡喜久子、丸岡義行、丸岡ヨシノの全員の賛成決議により、被告会社に営業を譲渡することを決めた。被告は訴外会社と同一の営業目的を以て設立されるとともに訴外会社の営業一切を譲り受け、訴外会社の従前使用していた店舗をそのまゝ使用し訴外会社の代表者丸岡信夫の子である丸岡義博を代表者とし、右信夫を除いて訴外会社の役員の殆どを被告の役員として訴外会社の従業員や得意先の殆どすべてをそのまゝ引継いで、訴外会社の営業をそのまゝ継続している。そして、被告は訴外会社の商号の重要部分である「広文館」という名称をそのまゝ使用しているのであるから、訴外会社の営業の譲受人として、訴外会社の商号を続用するものというべく、訴外会社の営業によって生じた債務につき弁済の責任を負うものといわねばならない。仮に右の営業譲渡が商法の定める手続を経ていないものであるとしても、訴外会社の商号を続用する被告はその外観を信頼した第三者に対し右の手続の欠缺を理由として訴外会社の債務弁済の責任を免れることはできないと解すべきである。

(三)  よって、被告は訴外会社の原告に対し負担する前記手形債務につき弁済の責任があるから、被告に対し右手形金八〇万円とこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四一年五月七日から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金との支払を求める。

二、被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

(一)  原告の主張事実のうち、原告主張のとおりの約束手形一通が振出され、原告が現に右手形の所持人であること、被告会社が原告主張の日に原告主張の目的で設立され、原告主張の店舗を使用して営業を行なっていることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

(二)  被告会社は訴外会社からその営業を譲受けたものではない。もともと訴外会社は被告会社の現代表者丸岡義博の実父である丸岡義典が代表者をしていたが義典が死亡後、その妻の喜久子は井上信夫と再婚(妻の氏を称する婚姻)して義博は右信夫の養子となり、その後訴外会社は右丸岡信夫を代表者として運営されて来た。ところが、訴外会社は経営に破綻を来して倒産するにいたったので、右喜久子の弟で広島市において古くから「株式会社広文館」という商号で同市内有数の書籍店を主宰している丸岡才一郎らが相談した結果、あらたに被告会社を発足させ、その経営には信夫を全く関与させず、右才一郎らがあらたに取締役として加入し、取引先の利益代表者という意味で訴外柳沢盛平を監査役に加えて役員の構成を一新し、主として右才一郎の業界における信用に依拠して被告会社の営業を開始したのである。また、被告会社の店舗は、もともと前記義典、その死亡後は義博が他から賃借しているもので、訴外会社の営業中はこれを同会社に転貸していたが、被告会社の設立とともに右の転貸借を解除して訴外会社を渋谷区内に移転させたものであり、被告会社の使用している什器備品等も強制競売によって訴外会社から競落人の所有に移ったものを被告会社において買戻して使用しているものである。以上のように被告会社は訴外会社とは全く別個の会社として設立運営されているものであって、両者の間に原告主張のような営業譲渡の契約が結ばれた事実は全くないのであるから、右の事実を前提とする原告の本訴請求は失当である。

三、証拠〈省略〉。

理由

訴外株式会社広文館が原告主張のとおりの約束手形一通を振出し、原告が現に右手形を所持する事実は当事者間に争いがない。

原告は、被告会社が右訴外会社の営業を譲り受けたものであると主張するけれども、右両者の間に営業譲渡の契約が結ばれた事実を直接認めるに足りる証拠は全くない。

もっとも、被告会社が昭和四一年一月二九日に訴外会社と同一の書籍販売業を営むことを目的として設立され、従前訴外会社が使用していた店舗を使用して営業を開始した事実は当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉を併せると訴外会社は昭和四〇年一二月頃倒産し、被告会社はその後一ケ月ほど経てから設立され開店したものであること、訴外会社および被告会社双方の取締役を兼ねているものは丸岡喜久子および丸岡義行の両名だけであるが、喜久子の弟である丸岡才一郎や訴外会社の業務に古くから携わっていた溝畑幸三が被告会社の取締役に加わっており、喜久子の夫で訴外会社の代表取締役である丸岡信夫は被告会社の役員にはならなかったが、喜久子の実子で信夫の養子である義博が被告会社の代表者となる等、被告会社の役員構成は訴外会社と類似した同族会社的色彩を脱しないものであること、被告会社は前示のように訴外会社の使用していた店舗をそのまゝ使用し、ひとしく広文館という看板を掲げ什器備品等も訴外会社の使用していたものを多く使用して書籍の小売業を行ない、訴外会社の従業員も殆どのものを被告会社において引続き雇傭し、訴外会社の仕入先であった書籍取次店も殆ど被告会社と取引関係を結んでいること等を認めることができ、以上の認定の妨げとなる証拠はない。しかし、以上の各事業があるからといって、それだけで直ちに原告の主張するような営業譲渡契約が訴外会社と被告会社との間に結ばれたものとなすには足りず、他に右の事実を窺わせる何の資料もない。かえって、前掲〈証拠〉を併せれば、被告会社の設立および業務の運営につき被告の主張するような事実が認められ、訴外会社と被告会社との間に営業譲渡の契約が結ばれた事実はないことを肯認するに足りる。

そうすると右の営業譲渡契約が結ばれたことを前提とする原告の本訴請求は、被告が訴外会社の商法を続用しているかどうかの点を判断するまでもなく、理由がないとしなければならない。なお原告は、商号続用の事実さえあれば、その外観を信頼した第三者は保護されるべく、営業の譲渡の手続に欠缺があっても、商号の続用者は商法第二六条第一項の責任を免れ得ない旨を主張するけれども、商法の右の規定をそのように解すべき余地はないから、原告の右の主張はこれを採用することができない。

よって原告の本訴請求を棄却する〈以下省略〉。

(裁判官 秦不二雄)

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